特養入居、その後
5/1、母の特養入所日は修羅場とまでは行かなかったが、帰り際には薄々勘付かれ、私はトイレに行く振りをして施設から消えた。その後は大変だったそうで、私のことを母は「またあの子は逃げた」と憤慨していたそうな。逃げた。そう、母は本能で私の言動の曖昧さを分かっているのだ。施設を最新式の病院と偽り、職員の衣服が白衣でないことを特別なシステムとも嘘説明し、母の勘違いを誘った。母は入院には拒否することはあまりない。むしろ、四六時中の痛みの解消のためと言えば何軒でも病院には行くのだ。医療行為は総じて好きなのである。これは心気症の特徴だ。
しかし、これまた本能で察知したんだろう。ここは病院なんかじゃない。施設だ。こうなると、また私は大嘘つきのロクデナシとなる。施設の部屋に飾ってしまった猫と犬の置物が、母の本能をくすぐったらしい。「なんで、ここにこれがあるの? あんた達は私を騙したんだな!」と来たらしい。翌朝訪れた兄からの報告では、いたって平安だったそうな。ま、これだったら、ひとまず安心なんだけどね。昨日はよく眠った。風邪もようやく治りそうな按配だし。
特養の入所日
5/1。とうとう、母が特養に入所する日になった。母は、4/27に老健を出て今まで家に居た。その間、面倒なことが、やはり立て続いた。で、母はこう言う。「お願いだから、私をここに住まわせて下さい。後生です。忘れっぽくなって眩暈もして、自分がどうなるか怖くて仕方ない。このまま家にいたら、なんか立ち直るような気がする。お願いだから。ここに置かせて」
母はまだら呆けの状態なのだが、7年程前から認知症の中核症状は一進一退。老健の職員は、ここまで健忘に対して恐れや不安をもつ人は見たことがない、と言う。認知症初期ではありうるのだが、母の場合は数年もこんな感じだ。精神疾患の方が強いとき、認知症状が勝っているとき、それらを見分けることは至難だそうで、投薬はもっと難しい。母の場合、精神疾患が基本で、認知症が加わったのだ。
認知症だけなら、いや認知症なら、何とか諦めもつく。こんな悲しい気持ちに子供はならないですむと、下らない理屈をこねまわす自分。3年前に精神科病院に入院させた時の壮絶な母の抵抗、嗚咽が脳裏をかすめる。家人も実弟も、皆目を赤くした。その時以来、もう嫌なのだ。強烈な嗚咽は人の理性を粉砕する。罪悪感はみるみる積みあがる。入院させた後、私は鬱症状に陥った。
こんな問答の繰り返しの中で、とうとう特養入所の日となった。5/1の未明。あと半日でここを出る。その間、そして移動する車の中、施設の玄関を開ける時、部屋に衣服を降ろす時、私はどんな顔をすればいいのか。母に何と言えばいいのか。母の一生のお願いは聞き入れられない。私の生活を優先したい。あなたがいると心底疲れるのだ。こう言えばいいのか。こう言えば、ああ言えばと煩悶しながら、きっと身体だけは動くのだ。車の軋みを身体に受け、しょうがないんだ、しょうがないんだと、きっと言い聞かせるのだ。これが人生か。
ホワイトテトラの死
※在りし日のホワイトテトラ。愛称は目玉。
色々あるんだけど、昨日から今日、ゴールデンウィークの入り口でそわそわする時間の中で、私の熱帯魚は息を引き取った。魚の死ぬ風景は、それは凄いものがある。だいたいがあっさりと死なない。必死でエラを動かし、最後は頻繁な呼吸。3日も横たわりながら、こういう必死な死との攻防を繰り広げた魚は数匹いた。
亡くなった熱帯魚は、ホワイトテトラ、だと思う。図鑑を見てもよくわからないが、白いだけの身体に青い線。4センチ近い体長なのでとっくに成熟期だった。去年の10月にもらって、すぐにポップアイになった。この手の魚でポップアイになったら、助からないと言われるが、こいつはそれを乗り越え、赤い目をバチバチさせながら果敢に餌に食いついていた。他のテトラとはどこか、ガッツが違った。でもまたもや再燃。目を腫らしながら、最後は水中近くまで縦にゆらゆら泳ぐ。浮きが損壊したのか、横たわる。餌まで辿り着かない。お椀に隔離して、後は死を待った。弱った魚は仲間が食いつくのだ。
正確には昨日の23時30分頃、息を引き取った。春の培養土に包んであげよう。3日ももがかなくてよかったね。でも半日は凄く辛かったね。苦しんだね。でも、静かに星になろう。頑張った。
生後70日目のプラティ-、まだ幼魚
アザレンカ母さんが2回目に産んだ子は生誕70日目で、大きい子で30㎜位かな。4回目の出産の子は3匹いるんだけど、隠れているようで、いないね。小さいのはひたすらに隠れる習性だ。
右端の大きい子が1回目の子(名はジョコビッチ)で、今日で96日目。こいつはもう成魚だな。でもアザレンカには大きさも貫禄も及ばないね、おぼこいおぼこい。母親を追い越して大きな魚になっとくれ。母親の様に70匹も出産するような肝っ玉母さんになっとくれ。多分、ジョコビッチは女の子だと思うんだよねえ。なんでかって? いや、アザレンカもそろそろ寿命だし、ま、跡を継いでほしいんだよな。女の子だったら、改名しないとね。ジョ子ちゃんとかにね。
特養の見学と契約
今日は、かねてから入居が決まっていた特養を見学した。この特養は5/1に開所するので、今まで事務手続きのみで見学したくても出来なかった。当方、特養は初めてである。同区内ではあるが、バスで30分はかかる。母は4/27に老健を退所。その後、自宅で数日過ごし特養に入ることになる。自宅から出る時はひと騒動起こしそうだ。出来るだけ身内を動員して大挙して入所させる作戦を取るつもりだ。
新築だし、ユニット個室型だからスペースが広い。公費がかなり注がれているわけだから、これは贅沢過ぎると叩かれても仕方ない施設だ。東京23区の特養は、待機者が数年待ちという状況だが、この施設は定員割れしているようだ。何故か。高額だからだ。法改正で資産1000万円以上を持っていると利用者の負担がかなり増えることになった。費用減額をされていた利用者も資産計上等で軽減がなくなり、利用費が一気に月6万円も上がった等といった例もある。要は、施設も利用者も今はドタバタしているわけで、中でも高額なユニットは避けられがちだ。うちの母は資産的にはツンツルテンなので、減額対象の低所得者に入り、なんとか入居できる資格を得たわけだ。生活保護受給者等の低所得者ほど福祉の受益度が高いのである。
母と医師の薬物依存
老健から一時帰宅した母は、家で久しぶりに泊まることになった。去年の7/13以来の自宅宿泊となる。前々日から私はナーバスだった。面倒なことに風邪気味だったし。薬をガンガン飲んで待機していた。雨という予報だったので介護タクシーを依頼。私の寝室の和室に急きょソファベッドを運び寝具をまとめ、簡易トイレをセットした。夕食を終え、薬を飲ませ、床に就かせた。やはり、「薬を頂戴」と何度も懇願する。在宅時代から、いやそのずっと前から、母は薬物依存かと思うような薬の飲み方をする。独居時代は何度もオーバードーズをやらかしたこともあった。
薬はかなりカットした。精神科病院で半年入院したのは恐らく薬物過剰が主な原因だ。過沈静を起こしてしまう程処方しても訪問医は薬をカットすることができない、というのが口癖だったのだ。医者もそうなら患者も薬依存だったわけだ。
現状、日中は漢方の抗不安薬、睡眠薬は1錠のみとなっていた。四六時中痛みを訴える症状は変わらないが、ビタミン剤でやり過ごす。在宅当時は3種類のビタミン剤等を騙しながら服用させていた。これはキツイ鎮痛剤、これは不安が消える薬というように、それこそ2時間置きに飲ませた。勿論処方薬もたんまり出ていたが、それだけでは治まらなくなっていたのだ。
そして薬物依存は未だに健在なのだ。痛い痛いと絶叫した後、11時にはすんなり眠った。なんとスヤスヤと朝の7時まで寝ていたのだ。その間、私は一睡もできず、かねてからの風邪が悪化。朝、私はゾンビのような状態になっていた。急きょ、家人に仕事を休んでもらうという暴挙に出ざるを得なかった。手配していたヘルパーに洗浄等を行ってもらい、少しは寝ようかと思ったが、無理。そうこうしていると母は狂人の如く、絶対帰らないと喚く。死ぬだの放火するだの叫び、私が仮病だと罵る。もう私の意識も混濁していたので話すことも儘ならず、1週間後には老健を退所することを約束させられた。母の行動は一見狂人のようだが、いつもこうやって自分のやりたい方向へ他人を追い込んでいく。もうくたくたで、どうでもよくなった。まんまと引っかかったのだ。母は老健へ戻る車の中で、「くそ忌々しい、仮病使って私を騙しやがって」と息巻いていたそうだ。
プラティ、4回目の出産
本日未明、プラティのアザレンカが4回目と思われる出産をした。4-50匹いるだろか。1年魚と言われるプラティなので、アザレンカはもうそろそろ寿命だ。老女が出産したことになる。つわりはあまり酷くなかったが、その代わりずっと逆立ちをしていた。産んだ後は、やや身体が萎びれた感じで、衰弱したようである。もう既にオスは追い出していたのだが、複中の卵が孵ったのだ。あと1回は出産するかもだが、彼女の身体が心配だ。でも、見守るしかないな。
グラミーがやって来た
※「おじさん」(上)と連れ(下)
熱帯魚水槽に僅かな変化が! そうなんです、とうとうゴールデンハニードワーフグラミー(GHD)の連れを買ってきた。先住のGHDの名前は「おじさん」なんだが、オス1匹で発情していた。あんまり見苦しいのでメスを連れてきたのだ。メス2匹とオス1匹の3匹を新規に追加した。「おじさん」より一回り大きいのがいるんだが、これはメスだろうな。「おじさん」、オロオロしながらいつもと違う行動をとっている。水槽の真ん中にいたりする。専用の隠れ家も奴らに盗られてしまったしね。「おじさん」、あやうい。
http://aronwan77.hatenablog.com/entry/2016/03/11/152737
↑ おじさんの家。だった
赤ガボンバとアンブリアという水草も少々追加。赤ガボンバがドライフラワーのような頽廃的は色調で、水槽全体が引き締まったね。さらに切り株のオーナメントも入れてみた。お、なんだか熱帯魚水槽みたいだぞ。まあね。テラニウムみたく大きな流木をあしらいたかったけど、なにせ高いんだわ。そう、水面から突き出ている、あの流木ね。ま、私には10年早いわね。というか、生体重視なんで、レイアウトはこんなもんかも。
母の怒り
最近、母の様子がおかしい。おかしいというか、戻ったというか。先日、「明後日は兄さんが来る予定だけど、豪雨になったら新幹線が遅れるので、来れないかもしれない」と母に言い残して帰ったのだが、後から兄が私にこう言うのだ。母が兄に会うなり「雨はどうだったの?新幹線は動いたんだね」と。私は少しポカンとなった。これって短期記憶じゃないの。こういう記憶がはっきりあるのだ。
そして今日、いつものように老健に行くと、母は憤慨している。私が大嘘つきで、その場しのぎの最低の子供だロクデナシだと罵る。「あんたは、退院できる日は3日日後と言ったじゃないか。指折り数えていたのに退院できない。職員に聞いても知らんぷり。あんたは私がボケていると思っていい加減なことばっかり言っているようだけど、私はちゃんと覚えている。もうこんな嘘ばかりじゃやってられない。近いうちに自殺を決行する!」
まともな事を訴えられて、こちらは困惑するばかり。おまけに「あんた、頭がおかしいよ。約束しては破る。精神的な病気かい?」とまで言われた。目つきは以前のような悪魔の視線ではなく、ごく普通の目つきだ。兄が職員に聞いたところ、認知症自体はそんなに酷くない、記憶等の障害も少ないほうらしいと。勿論、職員は私には逆のことを言っていて、帰宅願望は瞬間であり、真に受けるなと諭された。そういうわけで、一時帰宅を考えてみようと思っている。自費のヘルパーを1日3回頼みたいのだが、この日程調整がけっこう難航する。数日前に依頼しないと人手が確保できないのだ。料金は身体介護(排泄介助)が30分で1500円だ。以前依頼した家政婦は3時間単位なので、排泄介助のみには向かない。私も以前は排泄介助を行っていたが、今となっては自信がないのだ。身体の可動範囲等が全く分からない状態なので、暫しヘルプが必要となるだろう。
34回日本観賞魚フェアに行ってきた
江戸川区のタワーホール船堀で開催中の同フェアに初めて行ってみた。水槽数280本、出品魚 約600尾(2歳・親魚の2部門、36品種別にそれぞれ優勝魚を決定)
金魚の他にメダカや熱帯魚も少し展示されているが、まあ出品数が多過ぎ、という感じ。もう少し整理してほしい。例えば種類別とか、優勝魚は別展示するとか。それに気のせいか、金魚たちの元気がない。
とにかく、大きい金魚ばかり。うちの子らはマジでおぼこくて儚げに見えるじゃないか。家に帰って水槽掃除をしながら、「あんたらはフェアには出られないけど、一番可愛い。素敵な金魚じゃ」と自分に言い聞かせながら、正直疲れた。立派なもんばかり見せられて食傷気味になったようだ。