aronwan77’s diary

金魚と熱帯魚の飼育、高齢者介護

母。逝去

2016/5/28。母の余命は半年と医師に告げられた。

それから1年と9カ月。母は昨日2/17に亡くなった。老衰のような穏やかに最期であったが膀胱がんと書類に書かれていた。上野の緩和病棟で逝った。この日は大潮。何日も危篤が続いたが、私は密かに潮位を手繰った。新月。月のない日は2/16日前後だった。この日の夜中に逝くと思い、ずっと編み物をし続けていたら、兄から電話があり、駆け付けた。その2時間後に亡くなった。悲しみよりも恐怖が先だった。私にもこんな最期が訪れる。緩和病棟にいたので痛みも苦しみも軽減できただろうが、実際のところは誰にも分らない最期の苦しさ。全身にガスが充満して昏睡。苦しさを伴うこともなく穏やかな表情で切れた。と看護師は言う。化粧を施された母をみると美しささえ感じた。

とにかく長生きしたいという正直者だった母だ。悔いはあるだろうが、最期を子供らがずっと看取ったことは、良かったでしょう?

ようやく、2011年春から、ようやく、私は旅に出れるだろう。体力は膠原病で落ちてはいるが、まだ、いや今から心の旅は始まる。サヨナラとコンニチワ。母の残してくれた、私のための少ない時間を大切に使うのだ。さよなら、日常。こんちわ、誘惑。