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aronwan77’s diary

金魚と熱帯魚の飼育、高齢者介護

母と医師の薬物依存

老健から一時帰宅した母は、家で久しぶりに泊まることになった。去年の7/13以来の自宅宿泊となる。前々日から私はナーバスだった。面倒なことに風邪気味だったし。薬をガンガン飲んで待機していた。雨という予報だったので介護タクシーを依頼。私の寝室の和室に急きょソファベッドを運び寝具をまとめ、簡易トイレをセットした。夕食を終え、薬を飲ませ、床に就かせた。やはり、「薬を頂戴」と何度も懇願する。在宅時代から、いやそのずっと前から、母は薬物依存かと思うような薬の飲み方をする。独居時代は何度もオーバードーズをやらかしたこともあった。

薬はかなりカットした。精神科病院で半年入院したのは恐らく薬物過剰が主な原因だ。過沈静を起こしてしまう程処方しても訪問医は薬をカットすることができない、というのが口癖だったのだ。医者もそうなら患者も薬依存だったわけだ。

現状、日中は漢方の抗不安薬睡眠薬は1錠のみとなっていた。四六時中痛みを訴える症状は変わらないが、ビタミン剤でやり過ごす。在宅当時は3種類のビタミン剤等を騙しながら服用させていた。これはキツイ鎮痛剤、これは不安が消える薬というように、それこそ2時間置きに飲ませた。勿論処方薬もたんまり出ていたが、それだけでは治まらなくなっていたのだ。

そして薬物依存は未だに健在なのだ。痛い痛いと絶叫した後、11時にはすんなり眠った。なんとスヤスヤと朝の7時まで寝ていたのだ。その間、私は一睡もできず、かねてからの風邪が悪化。朝、私はゾンビのような状態になっていた。急きょ、家人に仕事を休んでもらうという暴挙に出ざるを得なかった。手配していたヘルパーに洗浄等を行ってもらい、少しは寝ようかと思ったが、無理。そうこうしていると母は狂人の如く、絶対帰らないと喚く。死ぬだの放火するだの叫び、私が仮病だと罵る。もう私の意識も混濁していたので話すことも儘ならず、1週間後には老健を退所することを約束させられた。母の行動は一見狂人のようだが、いつもこうやって自分のやりたい方向へ他人を追い込んでいく。もうくたくたで、どうでもよくなった。まんまと引っかかったのだ。母は老健へ戻る車の中で、「くそ忌々しい、仮病使って私を騙しやがって」と息巻いていたそうだ。